大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)1267号 判決 1976年7月16日
原告
黒川証券株式会社
右代表者
黒川イク
右訴訟代理人
岡本拓
外三名
被告
川越広市
右訴訟代理人
豊蔵亮
亡川越伊之助訴訟承継人
被告
川越マス
右被告両名訴訟代理人
内田俊吉
外二名
被告
勝忠夫
右訴訟代理人
内田俊吉
外二名
右訴訟復代理人
若尾令英
主文
一、原告会社に対し、被告川越広市は金一、三三六万五、四四二円(但し、内金八九万一、〇二九円は被告川越マスと、内金二六七万三、〇八八円は被告勝忠夫と各連帯)、被告川越マスは金八九万一、〇二九円(但し、被告川越広市と連帯)、被告勝忠夫は、金二六七万三、〇八八円(但し、被告川越広市と連帯)及び右各金員に対する昭和四二年六月一三日から右各支払済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二、原告会社の被告らに対するその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを一〇分し、その四を原告会社の、その四を被告川越広市の、その二を被告川越マス、同勝忠夫の各負担とする。
四、この判決は、金銭の支払を命じた部分に限り、原告会社において、被告川越広市に対しては金四〇〇万円、被告川越マスに対しては金三〇万円、被告勝忠夫に対しては金八〇万円、の各担保をそれぞれ供するときは仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告会社
1、被告川越広市、同勝忠夫は原告会社に対し、連帯して金二、六七四万〇、八八四円とこれに対する昭和四二年六月一三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2、被告川越マスは、原告会社に対し、被告川越広市と連帯して金八九一万三、六二八円とこれに対する昭和四二年六月一三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
3、訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並に仮執行の宣言。
二、被告ら
1、原告会社の請求を棄却する。
2、訴訟費用は原告会社の負担とする。
との判決。
第二、当事者の主張
一、原告会社の請求原因
1、原告会社は公社債、株式などの売買を業とする証券会社であり、被告川越広市(以下被告広市という。)は昭和四〇年一二月二五日から原告会社のいわゆる有価証券歩合外務員として原告会社のため有価証券の募集、売買または有価証券市場における売買取引の委託などの勧誘業務を担当していたものである。
2、原告会社は、被告広市の勧誘した訴外寿興株式会社(以下訴外会社という。)の委託に基づいて訴外会社のために、昭和四一年四月二日から同月九日までの間に、(一)株式会社大丸百貨店株式一、〇〇〇株、(二)丸大食品株式会社株式七万七、〇〇〇株、(三)淡陶株式会社株式五〇万六、〇〇〇株を、代金合計金一億二、七二四万二、〇〇〇円で買付けたところ、訴外会社は約定期日に右売買代金の支払をしなかつた。
3(一) そこで、原告会社は、直ちに訴外会社了解のもとに、右買付け株式を順次他に売却処分して損害を最少限度に妨ぐべく努力してきたが、その後の株価の値下りにより、前記の買付け代金相当額と処分価額(但し、未売却処分の淡陶株式会社株式一四万六、〇〇〇株については昭和四一年七月六日現在の価格で原告会社が買受けることにした。)との差額金三、六七五万五、〇九四円相当の損害を受けた。
(二) ところが、淡陶株式会社は、昭和四一年四月三〇日、旧株三株に対し、新株一株の割合による増資割当をしたので、原告会社は訴外会社との合意によつて、当時手持の淡陶株式会社の旧株式三二万三、〇〇〇株に対する増資割当株式一〇万七、六六六株につき一株金五〇円合計金五三八万三、三〇〇円の払込をし、且つ右株式を一株当り時価金一三五円、合計金一、四五三万四、九一〇円で買い受け、その売買代金と右払込額との差額金九一五万一、六一〇円を前記損害から差引くことにした結果、原告会社の損害は金二、七六〇万三、四八四円になつたが、その後訴外会社は昭和四二年二月二〇日から同年六月一二日までの間に四三回にわたつて原告会社に対し、合計金八七万二、六〇〇円を支払つたので、結局原告会社が訴外会社の買付委託による前記株式の売買によつて被つた現存損害額は金二、六七四万〇、八八四円である。
4、被告広市の責任
(一) 歩合外務員の法的性格とその義務
原告会社には、社員外務員と歩合外務員とがあるところ、社員外務員と証券業者である原告会社との法律関係は単に雇傭関係に過ぎないが、歩合外務員と原告会社との法律関係は、委任契約をともなう請負か代理商であつて、仲立人に似た独立の営業者である。すなわち、原告会社の社員外務員は、原告会社に従属し、その報酬は原則として給料であり、労働組合に加入し、退職金制度、各種社会保険に加入することが認められていて、その独立性は全く認められていないのに対し、歩合外務員は、すべて自己固有の顧客を有し、取引はその自由意思に基づいてなされ、報酬はすべて歩合制で、しかもその歩合は、原告会社の受けとる委託手数料の四〇パーセント(時には五〇パーセント)にも及ぶ上、社員外務員の属する労働組合に加入できず、退職年金制度、各種社会保険に加入することも認められていないし、原告会社での拘束時間もほとんどなく、一日一回原告会社に出社すれば足りるのであつて、歩合外務員は、「店舗をもたない株屋」といわれている程であるから、原告会社と歩合外務員との関係は委託契約をともなう請負か代理商というべきである。
そして、歩合外務員が顧客から依頼を受けた有価証券の売買の委託を原告会社にとりつぐに際しては、その職務の性質上、当然に顧客の信用調査をし、将来右取引代金の回収が不能となつて原告に損害を与えないようにすべき義務があるのである。
(二) 債務不履行による責任
被告広市は、前記の通り、昭和四〇年一二月二五日原告会社との間にいわゆる歩合外務員契約を締結し、原告会社のため歩合外務員としてその職務に従事していたが、同被告が歩合外務員として、顧客と原告会社との間の有価証券の売買委託等の取つぎをなすにあたつては、顧客の信用調査をする等して原告会社に損害を与えないように注意すべき義務があつたのである。ことに、被告広市は、訴外会社から淡陶株式会社ほか二社の株式合計五八万四、〇〇〇株の買付け委託の注文を受けた際、右注文にかかる株式の数量が莫大であり、右株式の買付け代金が未決済となつた場合には、原告会社に多大の損害を蒙らせる結果になることが予想されたのであるから、かかる場合には、被告広市としては、特に右損害の発生を防止するため、訴外会社の財産上の信用調査を尽し、右代金の回収が不能となる虞がある場合は、右注文の取つぎをすべきではなかつたのである。しかるに被告広市は訴外会社の信用調査を怠り、漫然と右注文を取りついだために原告会社に前記損害を与えたのであるから、原告会社にその損害を賠償すべき義務がある。
(三) 不法行為による責任
また、被告広市が原告会社の有価証券外務員として訴外会社より買付け注文を受け、これを原告会社に取りつぐ場合には、注文主である訴外会社の支払能力などについて調査すべき義務があり、しかも上司から訴外会社の支払能力を調査するよう再三注意を受けていたのであるから、なおさら訴外会社の信用状態について充分な調査をすべきであつたにもかかわらず、自己の利益をはかるため、故意に訴外会社の信用状態を調査しなかつたか、もしくは、訴外会社の支払能力を過信した重大な過失によつてその調査を怠り、当時訴外会社に支払能力がなかつたのにこれに気付かないまま、前記のとおり、原告会社に株式の買付をさせて、原告会社に前述の損害を蒙らせたから、被告広市は、原告会社に対し、その不法行為によつて、右損害を蒙らせたものとして、これを賠償すべき義務がある。
(四) 事実たる慣習による責任
わが国の証券業界においては、歩合外務員は、自己固有の顧客が株式の売買をするにあたつて証券会社に損害を与えた場合には、顧客にかわつてその損害を賠償しなければならないという慣習があるから、被告広市は右慣習により原告会社に対し、訴外会社が原告会社に与えた前記損害を賠償すべき義務がある。
(五) よつて、被告広市は、以上いずれにしても、原告会社に対し原告会社の蒙つた前記金二、六七四万〇、八八四円の損害を賠償すべき義務がある。
5、被告川越マス、同勝忠夫の責任
(一) 訴外川越伊之助および被告勝忠夫の両名は、昭和四〇年一二月二五日、原告会社との間で、被告広市が原告会社に在職中、不注意又は不正な行為により原告会社に損害を与えたときは、被告広市と連帯してその損害を賠償する旨のいわゆる身元保証契約を締結したところ、被告広市は、前記のとおり、不注意又は不正な行為により、原告会社に対し金二、六七四万〇、八八四円の損害を与えたから訴外川越伊之助および被告勝忠夫の両名は、被告広市と連帯して、右損害を賠償すべき義務を負担した。
(二) ところがその後訴外川越伊之助は、昭和四二年八月三〇日死亡し、同人の妻である被告川越マスが右伊之助の原告に対する前記損害賠償債務のうちその三分の一である金八九一万三、六二八円の賠償債務を相続により承継した。
6、よつて原告会社は、右債務不履行、不法行為、事実たる慣習に基づく各損害賠償請求権のいずれかに基づき(右各請求を選択的に併合)、被告広市、同勝忠夫に対し連帯して金二、六七四万〇、八八四円、被告川越マスに対し被告広市と連帯して金八九一万三、六二八円とこれらに対する右損害発生後で、本件訴状送達後である昭和四六年六月一三日から右各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、被告ら三名の請求原因に対する答弁及び主張
1(イ)、請求原因1の事実はすべて認める。
(ロ)、同2の事実中、原告会社がその主張の期間に被告広市が勧誘した訴外会社の注文に応じてその主張の株式の買付けをしたことは認める。
(ハ)、同3の(一)、(二)の事実はすべて不知。
(ニ)、同4の(一)のうち、原告会社に社員外務員と歩合外務員とがあること、及び社員外務員と原告会社との関係が雇傭関係であることを除き、その余の事実は争う。
同4の(二)ないし(四)の事実はすべて争う。
(ホ)、同5の(一)、(二)の事実のうち、訴外川越伊之助、被告勝忠夫が原告主張の日に原告会社主張の如き身元保証契約を締結したこと、訴外川越伊之助が昭和四二年八月三〇日死亡し、同人の妻である被告川越マスが、同人の権利義務の三分の一を相続したことは認めるが、その余は争う。
2、被告広市は、原告会社と原告主張の如き義務のある外務員契約を締結したことはなく、また、被告広市と原告会社との関係は、原告会社から独立した地位にある請負又は代理商の関係ではない。すなわち、昭和四〇年法律第九〇号による改正前の証券取引法五六条の規定や大阪証券業協会が制定している「有価証券外務員に関する規則」二条、四条、六条、八条、一〇条、一一条、一六条の各規定、さらには、「大阪証券従業員に関する規則」の各規定に照らしてみると、歩合外務員は、雇傭契約を前提とした証券業者の指揮命令下にあつて服務していることが当然のこととして理解されるのである。また、大阪証券業協会で作成した歩合外務員契約書(案)(甲第四号証の二)は、歩合外務員について証券取引業法上の使用人としての身分関係を明確にする目的をもつて作成されたものであつて、この歩合外務員契約書(案)によれば、歩合外務員は、証券業者の指示に従うものとされ(第一条)、他の営業を営むときは許可が必要であり(第二条)、復代理人または補助者の選任を禁止されており(第五条)、出社義務を課せられており(第九条)、故意、過失等の帰責事由ある場合に証券業者に対し損害賠償義務があり(第一二条)、職務を行うことができない場合或は営業成績が不良の場合等には証券業者は解除権を有し(第一三条)、本契約解除の場合又は外務員の職務を行うことができない場合は、指定事項を報告し、顧客を証券業者に引き継ぐものとされ(第二一条)ているのであつて、右歩合外務員契約書(案)は、明らかに歩合外務員を証券業者に従属せしめ、その独立性を否定しているのである。そしてさらに本件では特に、原告会社は、被告広市を入社させるに際し、誓約書(甲第一号証)や身元引受証書(甲第二号証)を提出させているところ、右契約書や身元引受書の内容は、典型的な雇傭契約を内容とし、もしくは、前提としているのである。したがつて以上の諸点に照らしてみれば、原告会社とその歩合外務員である被告広市との法律関係は、原告から全く独立した地位にある請負や代理商ではなく、雇傭類似の委任契約もしくは雇傭契約と委任契約との混合した一種の無名契約というべきである。
3、次に、被告広市には、訴外会社の信用調査をすべき義務はなく、これを怠つたことによる責任はない。すなわち、被告広市は、原告主張の本件取引の取りつぎをするに際し、すべて直接の上司である原告会社尼崎営業所長清水格の諒解を得て行動したものであり、かつ、顧客である訴外会社の支払能力等についても、右清水が訴外会社の者と会つた上でこれを確認しているのみならず、元来本件のような継続的取引においては、むしろ原告会社自身がその取引の経過、内容を熟知しているのであるから、自ら顧客の信用調査等を行つて万全の策を講ずべきであつて、一外務員に過ぎない被告広市にその全責任を負わせるのは不当である。なお、大阪の証券業協会においては、一般的に要求される顧客の信用調査そのものの内容は、極めて簡単なもので、顧客に会つてみた勘によりその信用状態を判断するとか、他人の紹介があればそれ以上の調査をしないのがその実態であつて、被告広市自身右の程度の調査義務は尽しているし、また、原告会社自身も、清水尼崎営業所長が訴外会社の担当者に会つて、その信用状態が良好であると判断し、その後の取引を継続しているのである。よつて、被告広市には、原告主張の如き、不法行為責任ないしは債務不履行責任はない。
4、次に我が国の証券業界に原告会社主張の如き事実たる慣習はない。古く明治時代には、特定の証券業者に専属せず、独立性をもつ外務員もかなりいたところ、大正三年及び同一一年の旧取引所法の改正により、独立営業の外務員は、適法に存在し得なくなつたにも拘らず、事実上はなお存在していたようである。そこでこれを締め出すために、昭和一六年と同二三年の二回に亘つて法改正が行われ、さらに昭和四〇年の証券取引法の改正により、外務員に関する規定が整備充実されたところ、これら一連の法改正は、その目的が顧客保護にあるとしても、その方法としては、個々の外務員を完全に証券業者に従属せしめ、独立性のある不良外務員を放逐することにしたのである。そしてこのような法改正の趣旨、大蔵省、証券業協会の指導等に照らしてみれば、歩合外務員の独立性を肯定するような法源たる慣習の存在し得る筈はない。
また、仮りに、このような事実たる慣習があるとすれば、これは明らかに公序良俗に反し無効である。
三、被告勝忠夫、同川越マスの主張
1、身元保証契約に関し、身元保証人が責任を負うのは、本人の行為が故意に基づくものである場合に限ると解すべきである。すなわち、身元保証は、元来完全に無償的であるし、また、身元保証の引受は概ね親戚知己友人等の情義関係に基づくものである上、身元保証責任が高度に未必的な債務であつて、将来現実に賠償責任を負うようなことはあるまいとの予測の下に、比較的軽卒に身元保証を引き受ける場合が多いことなどの諸事情を考え合わせると、身元保証人となる者においては、通例、本人の過失ある行為についてまで責任を負う意思はないとみるべきであり、また、それが通例である以上、使用者においても、当然これを承知しているものというべきである。してみれば、身元保証契約中に、本人の責に帰すべき事由により、使用者の受くべき一切の金銭上の損害を賠償すべき旨の保証文言が用いられていても、身元保証契約は、原則として、本人の故意に基づく行為についてのみ賠償責任があるものというべきである。本件においても、前述の如き事情の下に身元保証契約が締結されたのであるから、被告勝忠夫、同川越マスには、被告広市の故意に基づく不正行為がない限り、何らの賠償責任もないのである。
2、特に、原告会社主張の事実たる慣習に基づく損害賠償請求については、仮りに、原告会社主張の右慣習が存在するとしても、被告勝、同川越マスは、右慣習の存在を知る由もなく、また、原告会社の主張によれば、被告広市に対する右請求については、その過失も不要とするのであるから、身元保証人である被告勝及び同川越マスには、身元保証契約上の責任は一切存しないものというべきである。
3、訴外会社と原告会社との取引は、被告広市の勧誘によつて同被告の原告会社入社当初から開始されたものであるが、同訴外会社との取引は、原告主張の請求原因2に記載の取引にいたるまで連日金一、〇〇〇万円前後に及ぶ巨額の取引が続けられ、その取引高は、同被告が勤務していた原告会社尼崎営業所の全取引高の八ないし九割を占めていたにもかかわらず、原告会社は訴外会社の資力、信用調査を専ら被告広市に一任するのみで原告会社としては充分な事故防止策を講じなかつたのである。しかしながら、元来顧客の信用調査は、一外務員の能力を超えるものであつて、ことに右のような巨額の取引が続けられる場合には、証券会社である原告会社としては、当然独自の信用調査あるいは事前に保証金を徴収する等の措置をとるべきであるし、またそれが業界の常であるにもかかわらず、原告会社がこれを新規採用の一外務員である被告広市にその調査を一任したまま、慢然と本件取引を継続したのは証券会社として甚しく軽卒な経営と言わなければならない。
従つて仮に原告会社主張の損害につき被告広市に何らかの責任があるとしても、その損害の大半は原告会社の右のような軽卒な経営に起因するものであるから、身元保証人たる右被告らには、「身元保証ニ関スル法律」五条により、その責任がない。
三、被告らの右主張に対する原告会社の答弁及び主張
1、右被告らの主張は争う。
2、証券取引業法等の規定では、いわゆる歩合外務員と社員外務員とを区別していないし、また、有価証券の取引当事者は証券業者と顧客となつていて、歩合外務員は、その取引当事者にはなつていないが、このことは歩合外務員が独立の営業者であることを否定するものではない。けだし、右証券取引法等は、あくまでも、投資家である顧客を保護し、公正な有価証券市場を形成し、産業資本の有効適切な法的規整をしたに過ぎないものであるからである。
3、原告会社には、被告ら主張の如き顧客の信用調査義務はない。原告会社では、歩合外務員の顧客については、歩合外務員を信用して注文を受けるが、そのかわりその歩合外務員が全責任を負うことにしており、また、当該歩合外務員の判断だけでは不十分なときには、その申出により、専門家による信用調査もしているのである。ところで、被告広市は、原告会社に入社する以前に在職していた訴外内藤証券株式会社に在職中の顧客である訴外会社と取引を開始し、最初は小額であつたのであるが、次第に多額となつたところから、原告会社の尼崎営業所長清水格が、訴外会社の信用調査のため、二、三回訴外会社を訪問し、さらに本社の取締役営業部長が被告広市と同道してその信用調査をしようとしたが、被告広市は、口実をもうけてその信用調査をさせなかつたばかりでなく、上司や同僚の忠告を無視し、決済代金の一部に昭和四一年四月八日付小切手を受領したり、さらに、原告会社から訴外会社との取引を命ぜられた際にも、決済できない場合には私財を投げ出して全責任をもつと称して、本件取引をしたものであつて、被告広市は前記の通り、訴外会社の信用調査義務を怠つたために、原告会社に前記損害を与えたものである。
4、なお、歩合外務員である被告広市がその顧客から依頼を受けた注文を断ることはできるけれども、歩合外務員が右注文をとつてきた以上証券業者である原告会社は、その注文を断ることはできないのである。けだし、原告会社が歩合外務員のとつてきた注文を断つたために、顧客が損害を蒙つた場合には、原告会社がその賠償責任を負わなければならないからである。
第三、証拠関係<略>
理由
第一被告広市に対する請求について。
一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二請求原因2の事実中、原告会社が、その主張の期間に、被告広市が勧誘した訴外会社の買付委託の注文に応じて、原告会社主張の株式を、合計金一億二、七二四万二、〇〇〇円で買付けたことは当事者間に争いがなく、訴外会社がその約定期日に右株式の売買代金を支払わなかつたことは、被告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。
三前記二の事実に、<証拠>を総合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、
1、原告会社は、訴外会社から、同会社の委託によつて買付けた前記株式の売買代金の支払を受けられなかつたため、株価の値下りによる損害を最少限度に防ぐため、訴外会社の了解を得て株式会社大丸百貨店株式一、〇〇〇株、丸大食品株式会社株式七万七、〇〇〇株、淡陶株式会社株式三六万株を、代金合計金七、〇七七万六、九〇六円で売却処分した外、淡陶株式会社株式一四万六、〇〇〇株については昭和四一年七月六日現在の一株金一三五円、合計金一、九七一万円で原告会社が買付けることにしたこと、
2、また、原告会社は、訴外会社との合意の下に、淡陶株式会社が昭和四一年四月三〇日現在で旧株三株につき新株一株の割合によつてなした増資割当に際し、当時手持の淡陶株式会社株式の旧株式三二万三、〇〇〇株に対する増資割当株式一〇万七、六六六株について、一株金五〇円の割合で合計金五三八万三、三〇〇円の払込をし、かつ、右株式を一株当り時価金一三五円の割合で合計金一、四五三万四、九一〇円で買受けたほか、訴外会社より昭和四二年二月二〇日から同年六月一二日までの間に数十回にわたつて合計金八七万二、六〇〇円の支払を受けたこと、
3、従つて原告会社は、結局前記株式の買付け代金合計金一億二、七二四万二、〇〇〇円と前記1、2の売却代金等や訴外会社からの弁済金の合計額金一億〇、〇五一万一、一一六円との差額金二、六七三万〇、八八四円について、訴外会社が倒産したため、事実上その支払を受けることができず、右同額の損害を蒙つたこと、以上の如き事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。
四被告広市の債務不履行による責任
1、原告は、原告といわゆる歩合外務員契約を締結した被告広市には、委任もしくは委任類似の義務を伴う請負人か代理商に準ずるものとして、その顧客から注文のあつた有価証券等の売買委託に基づいて原告会社と取引を成立させるに当つては、あらかじめ当該顧客の信用調査をして、右取引の決済資金の回収を不能ならしめないようにすべき契約上の義務を負担していたと主張するので、この点について検討する。
昭和四〇年法律第九〇号による改正前の証券取引法五六条一項によれば、有価証券外務員は、証券業者の営業所以外の場所において、有価証券の募集、売買または有価証券市場における売買取引の委託の勧誘に従事する使用人であると定められていたけれども(昭和四一年当時施行された証券取引法六二条も、役員以外の使用人である外務員について、ほぼ同趣旨のことを規定していたものと解せられる)、証券業者と外務員間の契約により、外務員は、右業者の顧客から株式その他の有価証券の売買またはその委託の媒介、取次またはその代理の注文を受けた場合、これを業者を通じて売買その他の有価証券取引を成立させるいわゆる外務行為に従事すべき義務を負担し、業者はこれに対する報酬として出来高に応じて報酬を支払う義務があると同時に、外務員のした有価証券の売買委託を受理すべき義務を負担したときは、右契約は、内容上雇傭契約ではなく、委任もしくは委任類似の契約であると解すべきである(最高裁判所・昭和三六年五月二五日判決・民集一五巻五号一三二二頁参照)。これを本件についてみるに、<証拠>を総合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、
(一) 証券業界には古くからその取引高を増大させるために、いわゆる社員外務員と歩合外務員があつたところ、原告会社にも右社員外務員と歩合外務員とがあり、右外務員は原告会社の行う有価証券の募集もしくは売買または有価証券市場における売買取引の委託などの勧誘に従事していたこと、被告広市は、昭和四〇年一二月二五日、原告会社と歩合外務員契約を締結し、右同日頃から原告会社尼崎営業所の歩合外務員となつたのであるが、当時原告会社の尼崎営業所には、社員外務員が約四名、歩合外務員が被告広市を含め合計五名いたこと。
(二) 原告会社の社員外務員は、他の社員と全く同様の地位にあつて、原告会社と雇傭契約を締結し、その給与は固定給であつて、賞与、退職金の支給も受け、これらの所得に対しては税法上給与所得税が課せられ、交通費や通信費その他の業務上の必要経費もすべて原告会社が負担し、勤務時間についても就業規則あるいは労働協約の適用を受けて時間の制限があり、その職務の性質上営業所外での勤務が多いのであるが、原則として原告会社の営業開始時には原告会社に出社し、その終了時までには帰社することとなつていたこと、
(三) これに対して原告会社の歩合外務員は、原告会社の営業所以外の場所で、有価証券の募集または売買取引の勧誘等を行い、原告会社から固定した給与は全く受けず、自己の勧誘した顧客から原告会社の受取る手数料の四〇パーセントをその報酬として受けるだけであり、賞与や退職金の支給も受けないこと、そして右歩合外務員の得る所得に対しては税法上事業所得として課税され、歩合外務員がその職務を行うについて必要とする交通費や通信費その他の経費も原則として歩合外務員の負担とされていたこと、
なお、原告会社の営業所内での有価証券の売買委託の勧誘等は、すべて社員外務員が行い、歩合外務員はこれを行わないこと、
(四) ただ、原告会社の歩合外務員は、勤務時間に制限がないとはいえ、一日一回は必ず原告会社に出社しなければならず、その職務を行う上においても、一定の限度で原告会社の監督を受けていたこと、そして歩合外務員が、その顧客から依頼を受けた有価証券の売買委託の注文を原告会社に取ついだ場合、原告会社は原則としてこれに応じていたけれども、右外務員の取りついだ顧客が破産状態にあるときとか、それ程ではないにしても、その信用状態が悪く、将来当該取引の決済資金の回収が不能となることが客観的に明白な場合には、右注文の受理を拒否することができたこと、
また、原告会社の歩合外務員は、他の会社の役員もしくは使用人となり、または他の営利を目的とする業務に従事しようとするときは、原告会社の許可を受けなければならず(甲第五号証の歩合外務員契約書三条参照)、その職務を行うに当つては、代理人または補助者を選任することを禁止されており(前同契約書五条参照)、顧客から注文を受けたときは、その顧客の住所、氏名、職業、取引の内容等を遅滞なく原告会社に報告しなければならないことになつていること(前同契約書六条参照)、
以上の如き事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
しかして、以上認定の事実からすれば、被告広市は、証券取引業者である原告会社の歩合外務員として、原告会社の事業所以外の場所で、顧客が原告会社に有価証券の売買取引の委託をするよう勧誘し、その注文の媒介ないしはこれを原告会社に取りついで、原告会社と顧客との間に右委託契約を締結させる義務を負担し、一方、原告会社は被告広市に対し、同被告の媒介ないしは取りつぎによつて出来た取引高に応じてその顧客から受けとる手数料の四〇パーセントに当る額を報酬として支払う義務を負担していたこと、また、原告会社は、被告広市の取りついだ顧客の注文に必ず応ずべき義務はなかつたけれども、特段の事由のない限り、右注文を拒絶するようなことはなかつたものというべきである。そして、被告広市は、原告会社のため右の如き義務を遂行するに当り、いわゆる仲立や代理商の如く、原告会社から全く独立した立場にはなかつたものであつて、原告会社と雇傭関係のある使用人に準じて原告会社の監督支配に服していた一面のあつたことは否定できないけれども、他方、一般の雇傭契約に基づく社員の如く、いわゆる支配的な従属的労働関係にあつたのではなく、その性質は、委任または準委任の関係にあつたものというべきであるから、被告広市は、民法六四四条の適用ないし準用により、善良な管理者の注意をもつて、前記義務を遂行すべき債務を負担していたものというべきである。
もつとも、<証拠>によれば、被告広市が原告会社と前記歩合外務員契約を締結してその歩合外務員となつた際に、雇傭契約を前提とした被告広市名義の誓約書(甲第一号証)や、訴外亡川越伊之助、被告勝忠夫両名名義の身元引受証書(甲第二号証)が原告会社にさし入れられていることが認められるが、前段の認定の如き諸事実、殊に、被告広市の勤務時間の制約はほとんどなく、一日一回原告会社に出社すればよく、また、その報酬については固定した給与は全く支払われず、純然たる歩合給であること等の事実関係に照らしてみれば、右誓約書や身元引受証書が原告会社にさし入れられていることをもつて、前段の認定を覆して被告広市と原告会社との関係を、雇傭契約であると認めることはできないし、また、証券取引法や大阪証券業協会が制定し作成した「有価証券外務員に関する規則」、「大阪証券従業員に関する規則」、歩合外務員契約書(案)等のなかに、いずれも被告ら主張の如く、歩合外務員の法的性質が雇傭契約であることを前提としているように解し得る規定があるからといつて、さきに述べたと同様の理由により、原告会社と被告広市との関係を雇傭契約関係と認めることはできないものというべきである。
2、次に、<証拠>を綜合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、(イ)本件取引は、決済期日に現物による決済すなわち受渡の予定されている普通取引であるところ、証券業者を通じてなされる有価証券売買の普通取引は、取引の四日後に、現実に代金を支払い証券を授受して決済されるのが通例であるところから、原告会社では、始めての顧客から有価証券の売買委託の注文を受ける場合には、保証金を預ることにしており、保証金の預託がなければ、原則として右注文に応じないことにしていること、また、第三者の紹介によつて顧客と右取引をする場合には、当該紹介者から顧客の信用状態を聴取したり、顧客の勤務先や自宅を訪問してその生活程度や住居の状況を調べて信用状態を調査するが、さらに取引金額の大きい場合には興信所等を通じてその信用状態を調査することもあること、(ロ)ところが、歩合外務員がその顧客から有価証券の売買委託の注文を受けてきた場合には、その歩合外務員を信頼し、改めて顧客の信用状態を特に調査するようなことはなく、そのまま注文に応じて有価証券の売買取引をするのが通例であつて、このような取扱いは原告会社のみならず、大阪証券業界の一般的な取扱いであること、そして、このような取扱いについては、原告会社の歩合外務員となるまで約一〇年間証券取引の仕事にたずさわつていた被告広市も当然に知つていたこと、(ハ)訴外会社は、被告広市がもと訴外内藤証券株式会社の尼崎営業所長をしていた当時に、右内藤証券に有価証券の売買委託をして取引をしていたのであるが、被告広市がその後原告会社の歩合外務員となつてからは、被告広市の勧誘で原告会社と取引をするようになつていたもので、もともと被告広市の固有の顧客であつたこと、(ニ)訴外会社が被告広市の勧誘により原告会社に委託した有価証券売買の取引高は、当初はそれ程多くはなかつたがその後短期間に急に多量となり、昭和四一年三月二〇日頃には、その決済すべき一日の取引高が約六〇〇〇万円にものぼつたことがあり、一時は、原告会社尼崎営業所の全取引高の約五〇パーセントにもなつたことがあること、(ホ)ところで、原告会社と訴外会社との右取引による証券の引渡と代金支払の決済は、当初は概ね順調になされていたが、その後は決済期日より若干遅れたこともあり、しかも、右決済代金の一部が屡々小切手によつて支払われるようになつたこと、そして、昭和四一年三月二〇日頃には、訴外会社の責に帰すべき事由により、約六、〇〇〇万円にも上る取引の決済が約一週間ないし一〇日も遅れたことがあつたので、原告会社尼崎営業所の清水格が被告広市に対し、訴外会社との取引を継続することにつき、注意を与えたことがあること、以上の如き事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
しかして、以上認定の如き事実に、前記1に認定の事実、殊に、原告会社の歩合外務員は原告会社と従属的な労働関係にあつたのではなく、委任又は準委任の関係にあつたもので、その報酬は固定給ではなく、歩合給であつて、原告会社が顧客から受けとる報酬の四〇パーセントが歩合外務員に支払われていたこと、したがつて取引高が増えれば原告会社の収益もあがるが歩合外務員の収入も増えること、歩合外務員がその顧客から依頼を受けた有価証券売買委託の注文を原告会社に取りついだ場合には、原告会社は、特段の事情がない限り、歩合外務員を信頼して顧客の信用調査をすることなくそのままこれに応じて取引をしていたのが通例であつて、右注文を拒絶するようなことはほとんどなかつたこと等の諸事実に、前記2の冒頭に掲記の各証拠を綜合して考えると、原告会社の歩合外務員である被告広市には、受任者又は準受任者としての善良な管理者の注意をもつてその義務を遂行すべく、右義務遂行の一内容として、一般的に、自己の顧客から有価証券の売買委託の注文を受けてこれを原告会社に取りつぐに際しては、その顧客の信用状態を調査し、当該取引の決定日には、代金の支払いと証券の授受による決済のできなくなる虞れのないことを確めてから、これを原告会社に取りつぐべき義務があつたものと認めるのが相当である。殊に、訴外会社との取引においては、昭和四一年四月になつてわずか一週間の間に、訴外会社から買付け委託の注文を受けた原告会社主張の請求原因2に記載の本件株式数は、五八万四、〇〇〇株にも上る多量のものではあつたし、また、その直前の同年三月頃には、訴外会社の委託に基づく証券取引の決済が遅れたり、また、右決済代金の一部が小切手で支払われていたこともあつたのであるから、被告広市としては、本件株式の買付け委託の注文を原告会社に取りつぐに際しては、特に右訴外会社の信用状態に注意してこれを調査し、将来訴外会社において右買付委託にかかる本件株式の代金を支払つてその決済をすることができるか否かを確かめ、右決済のできる見込のない場合には、右訴外会社からの注文を断つてこれを原告会社に取りつがないようにすべき義務があつたものと認めるのが相当であつて、右認定に反する被告広市本人尋問の結果(第一、二回)はたやすく信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
3、次に、前記三に認定の事実に、<証拠>を綜合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、訴外会社は、昭和四三年四月二日から同月九日までの約一週間の間に、被告広市に対し、原告主張の請求原因2に記載の株式会社大丸百貨店株式一、〇〇〇株、丸大食品株式会社株式七万七、〇〇〇株、淡陶株式会社株式五〇万六、〇〇〇株の買付け委託の注文をしたが、当時訴外会社は右取引の決済日に右買付けにかかる株式の売買代金を支払う能力がなかつたこと、一方、被告広市は、訴外会社の信用状態や資産状態については、その取引の当初から充分な調査をせず、訴外会社は大阪市北浜に事務所を有し、金融業を営んでいる会社であるという程度の認識をもつて取引を始め、その後も訴外会社の資産信用状態を調査することなく訴外会社との取引を続けていたところ、昭和四一年四月になつて、わずか約一週間の間に、訴外会社から前記の如く株式数五八万四、〇〇〇株にも及ぶ多量の本件株式の買付け委託の注文を受けた際にも、格別訴外会社の信用状態に注意し、これを調査するようなことはせず、右取引の決済日に、訴外会社において右注文にかかる株式の売買代金が支払えない虞れのあることを看過して、右株式の買付け委託を原告会社に取りつぎ、これに基づいて原告会社が訴外会社のため右各株式の買付けをしたこと、そしてその結果原告会社は前記三に認定の如き損害を蒙つたこと、以上の如き事実が認められ、<証拠判断略>。
4、してみれば、被告広市は、訴外会社から原告会社主張の請求原因2に記載の本件各株式の買付け委託の注文を受けた際、歩合外務員として、訴外会社の信用状態に注意してこれを調査し、同訴外会社において右注文にかかる株式の決済が予定通り出来るか否かを確めるべき義務があつたのに、これを怠り、当時訴外会社に右注文にかかる株式の売買代金を支払う能力がなく、右株式の決済のできる見込のないことを看過して、原告会社に右買付け委託の注文を取りついだものというべきであるから、被告広市は、原告会社が蒙つた前記三に認定の損害につき債務不履行による賠償義務(但し、その額は後記の通り)があるものというべきである。
五過失相殺
ところで一方、前記四の12に認定した各事実、殊に、原告会社は、歩合外務員からその顧客の依頼に基づく有価証券の売買委託の注文の申出(取りつぎ)を受けた場合に、特段の事情がない限り右注文に応じていたけれども、必ずこれに応じなければならない義務はなく、当該顧客に、右注文にかかる有価証券を決済する能力がないと明らかに認められるような場合には右注文を拒絶することができたこと、また、原告会社と訴外会社との取引は、被告広市が昭和四〇年一二月に原告会社の歩合外務員となつてから、被告広市の取りつぎにより始められたものであるところ、その後短期間の間に、急激に訴外会社との取引高が増加し、一時は原告会社尼崎営業所の全取引高の五〇パーセントにも達したこと、右訴外会社との取引にかかる有価証券の決済は当初は順調になされていたが、その後何回か右決済がその予定日より若干遅れたことがあり、かつ、右決済代金の一部が小切手で支払われるようになつたこと、原告主張の請求原因2に記載の株式の取引数量自体わずか一週間の間に五八万四、〇〇〇株、金額一億二、七二四万円余にも上る多量のものであつたこと、等の諸事実に、<証拠>を照らしてみると、原告会社においても、被告広市から、訴外会社のため、原告会社主張の請求原因2に記載の本件株式の買付け委託の注文の取りつぎを受けた際に、被告広市のみを信用せず、原告会社自らが訴外会社の信用状態に注意してその調査をし、右注文にかかる本件株式につき将来確実にその決済がなされ得るかどうかを確めてから、右注文に応ずべき注意義務があつたものと認めるのが相当であるところ、前掲各証拠によれば、原告会社では訴外会社と取引を始めてから、原告会社尼崎営業所の清水格が訴外会社を二・三回訪れてその信用調査を形式的にしたことがある外は格別にその信用調査をしたようなこともないこと、そして、原告会社主張の請求原因2に記載の本件株式の買付け委託の注文の取りつぎを受けた際にも、訴外会社の信用状態につき格別の調査をすることなく、右注文に応じたこと、以上の如き事実が認められる。もつとも、証人清水格(第一、二回)、同石原嘉蔵の各証言中には、被告広市は、原告会社の営業部長石原嘉蔵らが訴外会社の信用状態を調査しようとした際、これを妨げたとの事実を窺わせる趣旨の証言があるが、右各証言は、被告広市本人尋問の結果(第一、二回)に照らしてたやすく信用できないものというべきである。してみれば、原告会社が前記三に認定の損害を蒙つたことについては、原告会社にも過失があるものというべく、かつ、その過失割合は、上記認定の各事実関係からすれば五〇パーセントと認めるのが相当であるから、被告広市の原告会社に支払うべき前記債務不履行による損害賠償額は、原告会社の右過失を斟酌して前記三に認定の損害額の五〇パーセントと認めるのが相当である。
よつて、被告広市は原告会社に対し、前記三に認定の損害額金二、六七三万〇、八八四円の五〇パーセントである金一、三三六万五、四四二円を支払うべき義務がある。
六被告川越マス、同勝忠夫の責任
1、訴外亡川越伊之助及び被告勝忠夫の両名が昭和四〇年一二月二五日、原告会社との間で、被告広市が原告会社に在職中、不注意又は不正な行為により原告会社に損害を与えたときは、被告広市と連帯してその損害を賠償する旨の身元保証契約を締結したことは当事者間に争いがないところ、被告広市がその不注意な行為によつて原告会社に損害を与え、そのうち金一、三三六万五、四四二円を賠償すべき義務を負担したことはさきに認定した通りである。
2、次に、「身元保証ニ関スル法律」にいわゆる身元保証契約は、被用者の行為によつて使用者の受けた損害を賠償する契約であるところ、前述の如く、被告広市は、原告会社の純然たる被用者ではないけれども、その職務を行うについては一定の範囲で原告会社の監督支配に服するものであるから、訴外川越伊之助及び被告勝両名の締結した本件保証契約には、右「身元保証ニ関スル法律」の準用があるものと解するのが相当である。ところで、被告川越マス、同勝の両名は、本件保証契約が完全に無償的なものであることやその他本件保証契約が締結されるに至つた事情等に照らし、本件保証契約は、被告広市の故意行為に基づく損害についてのみ賠償責任を負う趣旨であつて、過失行為による損害についてまでその責任を負うものではないと主張している。しかしながら、前記の通り、訴外亡川越伊之助及び被告勝の両者は、本件保証契約において、原告会社に対し、被告広市の「不注意又は不正な行為」によつて原告会社に損害を蒙らせたときはその損害を賠償すべき旨約したことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証の身元引受証中にも「本人(被告広市のこと)在職中不注意又は不正行為により貴社へ損害相掛候節は本人及拙者連帯して悉皆弁償可致……」と記載されていることが認められるところ、かかる事実に、被告広市の職務は、さきに認定した通り、証券業者である原告会社の歩合外務員として、顧客に対し、株式その他の有価証券の売買の委託を勧誘し、その注文を原告会社に取りつぐことにあつたのであつて、このような被告広市の職務内容や、原告会社とその歩合外務員である被告広市との関係は、前述の如く委任もしくは準委任の関係にあつたこと等に照らしてみれば、訴外亡川越伊之助及び被告勝の両名は、本件保証契約において、被告広市の故意による不正行為のみならず、被告広市がその職務を行う過程において、歩合外務員としての契約上の義務を怠り、不注意によつて原告会社に与えた損害についても、被告広市と連帯してこれを賠償する趣旨であつたと認めるのが相当である。よつて、被告広市の過失による損害については、その賠償責任を負わない旨の被告川越マス及び被告勝の前記主張は失当であつて、亡川越伊之助及び被告勝は、被告広市がその不注意によつて原告会社に与えた前記損害につき、被告広市らと連帯してその損害を賠償すべき義務があつたものというべきである。
3、次に、被告川越マス、同勝忠夫は、被告広市の勧誘による訴外会社と原告会社との取引は、連日金一、〇〇〇万円以上もの巨額に上り、原告会社尼崎営業所の全取引高の八割ないし九割も占めていたのにも拘らず、原告会社は訴外会社の資力、信用調査を専ら被告広市に一任するのみで、原告会社としては充分な事故防止策を講じなかつたために前記損害を蒙つたもので、その損害の大半は、原告会社の軽卒な経営によるものであるから、訴外亡川越伊之助、被告勝は、「身元保証ニ関スル法律」五条により、その責任を全く負わないと主張している。しかしながら、前記の通り、原告会社と訴外会社との取引高は、その多いときでも原告会社尼崎営業所の全取引高の約五割程度であつたし、また、原告会社が前述の損害を蒙つたことについては、原告会社にも約五〇パーセントの過失責任があるというべきであつて、本件における全証拠によるも、右損害を蒙つたことにつき原告会社にその大半の責任があるとは認め難く、このことに、その他後記の諸事情に照らしてみると、訴外亡川越伊之助及び被告勝にその保証責任が全くないとは認め難いから、右被告らの主張は失当である。しかしながら、さきに認定した通り、被告広市は、昭和四〇年一二月二五日に原告会社の歩合外務員となつたものであるところ、当初被告広市が訴外会社から注文を受けてこれを原告会社に取りついだ有価証券の取引高はそれ程多くはなかつたが、その後短期間に急にその量が増加し、一時は原告会社尼崎営業所の全取引高の約五〇パーセントにもなつたこともあるし、また、被告広市の取りつぎにより訴外会社が原告会社に売買委託をした証券の決済も、当初は順調に行われていたがその後右決済がその予定の決済日よりも若干遅れたこともあること、しかるに、原告会社は、被告広市が原告会社の歩合外務員となつてからわずか四ケ月余を経過したに過ぎない昭和四一年四月二日から同月九日までの約一週間の間に、被告広市の取りつぎにより、訴外会社のため株式数合計五八万四、〇〇〇株、金額一億二、七二四万円余にも上る多額の株式買付委託の注文を受け、これに応じて前記損害を蒙るに至つたものであること、原告会社が右損害を蒙るについては、原告会社にも約五〇パーセントの過失責任があること等の諸事例を斟酌すると、本件保証については、「身元保証ニ関スル法律」五条を準用して、訴外亡川越伊之助及び被告勝に対しては、被告広市が原告会社に対して支払うべき前記損害賠償額金一、三三六万五、四四二円のうち、その二割に相当する金二六七万三、〇八八円についてその賠償責任を認めるのが相当である。
そうだとすれば、訴外亡川越伊之助及び被告勝は、被告広市と連帯して原告会社に対し、金二六七万三、〇八八円を支払うべき義務を負担していたものというべきである。
4、次に、訴外亡川越伊之助が昭和四二年八月三日死亡し、同人の妻である被告川越マスが相続により右同人の権利義務の三分の一を承継したことは当事者間に争いがないから、被告川越マスは、被告広市と連帯して原告会社に対し、右金二六七万三、〇八八円の三分の一に当る金八九万一、〇二九円を支払うべき義務がある。
七よつて、被告広市の債務不履行を理由とした原告会社の被告らに対する本訴請求は、被告広市に対し金一、三三六万五、四四二円(内金八九万一、〇二九円は被告川越マスと連帯、内金二六七万三、〇八八円は被告勝と連帯)、被告川越マスに対し金八九万一、〇二九円(被告広市と連帯)、被告勝に対し、金二六七万三、〇八八円(被告広市と連帯)、及び、右各金員に対する原告会社の蒙つた損害の発生後で、本件訴状送達後である(本件訴状は昭和四二年四月一日に送達されたことは記録上明らかである)昭和四二年六月一三日から右各金員の支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるが、その余は失当である。
八不法行為及び事実たる慣習による損害賠償請求
次に、原告会社の被告らに対する本訴請求のうち、被告広市の債務不履行を理由とした損害賠償請求が認められない部分について、被告広市の不法行為及び原告会社主張の事実たる慣習を理由とした請求について判断する(本訴各請求は、選択的併合であるから、右被告広市の債務不履行を理由とした請求の認容される部分については、不法行為及び事実たる慣習を理由とした請求についても判断の要はないわけである)。
被告広市が原告会社に対して原告会社主張の請求原因2に記載の本件株式の買付け委託の取つぎをするに際し、さきに認定したような注意義務を怠つたからといつて、そのこと自体は違法な権利侵害とは認め難いから、原告会社主張の如き不法行為を構成するものとは解し難いし、また、仮りに被告広市について不法行為責任が認められるとしても、これを原因として被告らが原告会社に賠償すべき額は、前記被告広市の債務不履行による賠償額を超えるものとは認め難いから、被告広市の不法行為を理由とした原告会社の請求も失当である。
次に、原告会社は、わが国の証券業界には、歩合外務員の勧誘によつて証券会社と取引をした顧客が、証券会社に損害を与えた場合には、歩合外務員は顧客にかわつてその損害を賠償するという事実たる慣習があると主張するが、右原告会社の主張事実を窺わせる趣旨の証人富田幸治郎、同杉山明、同山下保、同橋本良彦の各証言はたやすく信用できず、他に原告会社の右主張事実を認め得る証拠はない。したがつて、右事実たる慣習を前提とした原告会社の請求も失当である。
九結論
よつて、被告らに対する原告会社の本訴請求は、被告広市の債務不履行を理由とした請求のうち、前記七に記載の限度で正当であるから右の限度で認容し、右の限度を超える部分については、被告広市の債務不履行、不法行為及び事実たる慣習のいずれに基づく請求もすべて失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民訴法九二条九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文の通り判決する。
(後藤勇 名越昭彦 小西秀宣)